スペイン 6
残すとこ2日かぁ。朝目覚め日記を書きとめていると、隣のベッドの人がオラーと声をかけてくる。日本でいう、おいコラっ!の意ではない。スペインならではの親しい挨拶だ。ドミトリーに一人で泊まり、積極的に声をかけてくる。欧米の女性は勇気あるなぁ。アメリカから来たようで、わずかな英語でも返すとこっちの理解を問わずむちゃくちゃ話しかけてくるのがアメリカ流儀のようだ。同室にはも一人デンマーク人、鼾の激しかった御仁。一緒の朝食に呼ばれ、ビスケットをもらった。デンマーク人とアメリカ人は普通に英語で通じ合っている。半分も理解できない。悲しい。悲しさを胸にホテル内を散策。緑が随所に施され、屋根のあるバルコニー・テラスセット・パティオ上部に可動式テント。凄く良い空間だ。特にパティオに面したバルコニーは形容しがたい。そして、この良さは理屈から学べるものではないから、空間を見に行く旅に出るのだ。こんな場所で食事をとったり生活したら楽しいだろうなぁ。
チェックアウトを済まし、ビスケット3枚では足りないので、メスキータの前で食事をとる。やはりパンだ。堅いパンだ。口の中が痛い。軟らかいパンくれよう。なんて言ったら軟弱者みたいではないか。こうして虚勢を張り、口の中はボロボロになっていくのだ。くそぉ。
外に出ると日の光が。晴れている。雨上がりの朝は好きだ。水の匂い、澄んだ空気、濡れた地面がキラキラと金色に景色を照らしている。ところどころに厚い雲が浮かび青々とした空。空気が隅々まで新しいような一呼吸。何か昨日までと違う新しい一日が始まるのではないかと錯覚する。
メスキータ開場前に、『花の小道』に出向く。白壁に挟まれた路地の合間を吊り下げの鉢花が彩る。外壁にかけるということは、かけた当人は見えない。自分の鑑賞用ではなく、街への彩りや誰かの鑑賞用に寄与された設えなのだ。乙ですなぁ。粋ですなぁ。
開場時間になると行列が。寺院で行列とは何となくそぐわない意外さ。中庭の樹木がグリッド状に植樹され、なにやら内部空間への暗示のようだ。中に入ると写真でみたツタンカーメンのような模様の夥しいアーチ。写真の空間とは確かに一致するのだが、それに尽きないのは内部空間の異様な広さだ。建物四辺の壁には企画展の展示品が飾られているあたりもいい。空間中央付近や随所が伽藍となっていて、メスキータの規則的な配列に磁場を与えている。トップライトからの光もあり、石上純也の神奈川工科大の近代版のようだ。一見均質で何もない空間のようだが、誘発する何かがある。
次いでコルドバの現代美術センターを見たかったのだが、閉館している。休館日だろうか。残念だ。見られないとなると余計見たくなるが心情。エロスの原理?さて、急いでバスターミナルに向かいセビーリャへ移動。バス2時間。セビーリャで見たいのはメトロパラソル1点。マドリッドへの戻りバスが6時間。見学は1時間ぐらいか。移動時間に比べ、建築を見る時間が圧倒的に少ないが欲張りスケジュールなので仕方がない。目的地に近づくと建物と建物の間から雲が。はっ、雲のような建築が。到着すると幅広の階段に座る人々の頭上に雲?パラソル?階段をかけあがると2階の巨大な広場をすっぽり覆っている。そして売店やサーカス小屋のようなものが広場に併設されている。イベントなどで時々盛り上がっているのだろう。これだけ?と思い、辺りを散策。1階に下りると中に入れ、そこは市場のように店舗が並ぶ。店員に尋ねると屋上に上れるらしい。下からでは、ただのオブジェのような屋根かと思っていたが、屋上に上ると、展望台が雲の形に沿うスラロームとなっていて空中散歩の気持ちになる。こういった場所にもやはりカフェ。市場・広場・屋上庭園の3層構造になっていて、なかなか良い場所ではないか。
こういう建築が出来、地元の人はどう感じているのだろう。グッゲンハイム美術館もそうだったが、建築が新しい名所として遙か遠くの国から縁もゆかりもなかった人を呼び寄せているのである。地方の建築に足を延ばす度に随分遠くへ来たものだ、とよく感慨に耽る。
さて、マドリッドへの戻りのバスは6時間かかる。急いでターミナルへと足を運んだものの次発2時間待ち。コテ。こういった時はカフェでビール飲んで待つに限る。いつもフードと一緒にビールを頼んでいたので値段が分かってなかったのだけど、ビール単品で頼んで分かったこと。スペインでは生ビール1杯1.5€程度なのだ。日本円で200円未満。海外の良いところを日本にも取り入れて欲しいと思ったりするが、何か一つと言われたらこれだろう。生ビールの値段。もっと日本人も沢山ビールを、仕事の日は5時から飲んで、休みの日は昼間っから人目も憚らず、テラスセットを拵えどこそこで飲んで、みな陽気になればつまらない揚げ足取りやクレーマーや下世話なニュースが撲滅されていくし、大らかな所に人が人を呼び、いろんな出会いが生まれ、愛が生まれ、世界中がYesと謳いあげるだろう。たかだか1.5€のビールの値段に愛の賛歌を唱えすっかりご機嫌、同じカフェにいた日本人を発見して会話を楽しみ、上機嫌ましましになっていくものの、ビールの酔いもこの後続く長き6時間のバス紀行に消沈す。